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【2018入賞者インタビュー(7)】正井禮子さん〜男性と女性も、いろんな小さなグループも、点と点から線になって面になって繋がっていかないと社会は変えられない〜

2018年度「チャンピオン・オブ・チェンジ」日本大賞 入賞者インタビュー⑦

 

正井禮子 (まさい れいこ)さん

認定特定非営利活動法人女性と子ども支援センターウィメンズネット・こうべ代表理事

1992年に女性の人権を守り、男女平等社会の実現を目標に団体を設立。95年の阪神・淡路大震災で活動拠点を失いますが、すぐに被災女性の支援活動を行いました。その過程で多くの相談があったDV被害に焦点をあて、以後はDV相談やシェルターの運営およびその後の生活再建の支援、困難を抱える女性と子どものための居場所づくりやDV防止教育などに取り組んでいます。また、ジェンダーの視点を取り入れた災害時支援、防災計画についても提言を続けています。

Q. 長年にわたる活動でどんな社会課題に取り組んでいらっしゃるのでしょう?

 

兵庫県に女性センターを作る会を立ち上げたのは1991年のことです。当時は女性たちが自分の抱えている問題を地域で話すことができない状況で3年後には仲間とお金を出し合って一軒の家を借り、「女たちの家」を開設しました。そこで女性が“本音で語り合う”場づくりを始めて半年ほど経つと、夫からひどい暴力を受けているという相談が寄せられるようになったんです。

当時私たちはDVという問題を知らず、そんな言葉もまだありませんでした。ただ、家は広いので「1日500円でいつでも泊まりに来ていい」と言うと次々と女性たちが駆け込んできました。「昔の駆け込み寺っていうのが私たちの活動の一つになるんだねえ」と言っていた翌年、阪神・淡路大震災で神戸も被害を受けました。その家は倒壊してしまったため、お米屋さんの2階の4畳半を借りて支援活動を続けました。

その頃の活動の一つが女性のための電話相談で、相談の6割が今でいうDVだったんです。当時は他に対応してくれる専門機関もなかったので年間1,000件近い相談を受けていました。翌年から「夫・恋人からの暴力は犯罪です」という文字を新聞に載せるために、毎月そのタイトルで学習会を開催しました。

電話相談で「公的機関や警察に行ってください」と伝えても、彼女たちがその後保護されたかどうかはわかりませんでした。ですから自分たちでも女性の受け入れができるようにと2004年にシェルターを開設しました。これまで322人の女性と377人の子どもを保護し、同行支援や家探しなどもしてきました。

その後、被害者はもちろん加害者も作りたくないという強い思いから、中高生を対象にデートDV防止研修を始めました。今までに中学生から大学生まで約20万人に授業を提供しています。


Q. 被害者がシェルターを出た後も支援なさっているそうですね。

 

当事者の保護と防止教育の両輪でよいと思っていたのですが、シェルターを出た後の生活再建も応援するようになると、女性や子どもたちのその後の困難が見えるようになりました。月2回、シェルターの退所者に車で食べ物を届けると、彼女たちが地域で非常に孤立しているのがわかる。「夫の転勤で千葉から引っ越してきた」とは言えても、「夫の暴力で千葉から逃げきた」とは言えません。しかも追跡が怖くて非常に怯えているんです。

そういう状況を見聞きする中で、彼女たちが孤立せずに安心して自分のことを語れる場が必要だと、2013年にWACCA (わっか)というスペースを開きました。震災で大きな被害を受け、現在も生活困難な母子が数多く住んでいる神戸の長田区にあります。そこでは昼間は困難を抱える女性の心のケアを、夕方はシングルマザーのお子さんを対象に無料で学習支援を行っています。妊娠等で高校中退した女性は低賃金の仕事が多く生活が大変なので、無料で保育つきのWACCAスクールも同時に開設しました。こちらは社会人ボランティアが高卒認定試験合格や看護師、調理師などの資格取得を目指すお母さんの学習支援をしています。50平米という本当に小さな場所ですが、今では年間およそ4,000人が来るようになりました。

WACCA(居場所)のホームパーティにて

 

Q. 災害時の女性への暴力について教えていただけますか?

 

神戸の震災当時は、多くの女性から暴力の相談が寄せられても災害支援に女性の視点が必要という議論は全くなかったんですね。近畿弁護士会が震災後に開催した被災地おける人権をテーマにした大きなシンポジウムでも、高齢者、子ども、障害者、外国人のみで女性の人権については取り上げられませんでした。女性も様々な問題を抱えていたのに、ケアする役割はあっても、ケアされる対象ではなかった。それを伝えたくて「災害と女性」のHPを立ち上げ情報発信を続けました。

2011年の震災では他の女性団体に声をかけ「東日本大震災女性支援ネットワーク」を立ち上げました。東北には11年5月に行きましたが、避難所の運営が圧倒的に男性ばかりで女性が非常に少ないことに愕然としました。そこではセクハラをはじめ神戸の時の問題が繰り返されていたんです。オックスファム・ジャパンの支援で「被災地における女性と子どもへの暴力に関する調査」を実施し報告書をまとめたのですが、災害発生時に少しでも役立ってくれることを願っています。

 

Q. 活動で苦労なさっている壁のようなものはありますか?

 

以前デンマークのシェルターを見学した時、シェルターの人たちがみな自由に出入りしていることにびっくりしました。日本ではシェルターの場所も明かさないし、入居者は携帯を預けるように言われ、仕事にももちろん行くことができません。「危なくないんですか?」と質問したら、スタッフはなぜそんな質問をするのかとキョトンとして「DVの被害者でも普通に生活ができる、それがノーマライゼーション」と言われました。こんなところでノーマライゼーションという言葉を聞くなんて!と驚きました。また、日本ではシェルターとして部屋を借りることすらとても困難ですが、アメリカでは表に「ここはシェルターです。何時から何時まで開所しています」と書いてありました。施設の方からは「10年間一度も事故はない。コミュニティが守ってくれている」と聞きました。

一方で、デンマークでイスラム系移民の女性たちが保護されているシェルターを見学に行った人によると、銃を持った警官がずらっと建物を囲んでいたそうです。夫の許可なしに逃げ出した妻は殺されても仕方ないという危険な状況にあるからだと。それを聞いた時、デンマークの女性とイスラムの女性が置かれている立場を比較して、残念ながら日本の女性はイスラム系の女性たちが置かれている状況に近いと思いました。

DV問題への社会の関心は低く、無理解や偏見も根強いと日々感じています。しかし、あきらめることなく、個人の問題ではなく社会全体で解決すべき問題だと粘り強く伝えていくしかないと思っています。

最近、精神科や産婦人科の医師も支援の輪に入ってくれるようになり、それは大きな財産です。ただ、若い人たちの発想も必要だと思っているのですが、この活動は利用者からの対価は取りにくく、さらに公的な財政支援も少ないため、若い人を雇用することができないという課題もあります。

 

Q. 自分たちの活動の成果として誇りに思われることはありますか?

 

実はシェルターから自宅に戻る人はけっこう多いのですが、私たちのシェルターでケアを受けた方で元の家に戻る人は本当に少なく2割程度です。彼女たちはシェルターで「あなたは間違っていない」と全てのスタッフから何度も言われて「迷いが吹っ切れた」と言う。スタッフには「これまでよく頑張ってきたことを労り、エンパワメントの光をたくさん注いであげて」と伝えています。彼女たちの弱さでなく強さに焦点をあて、気の毒な人として救済するのではなく、これからできることを発見して、彼女たちの新しい人生のスタートを一緒に応援しようと。自宅に戻る人がすごく少ないのはスタッフの影響も大きい。それは誇りです。

困難を抱える女性と子どものための居場所ーWACCAでのクリスマス会の様子

 

Q. 活動によって社会は変わりましたか?

 

DV被害者は、他の当事者団体と異なり、身の危険も抱えているためなかなか顔を出して声をあげることができません。私たちがそんな当事者に代わって訴えてきたことが、法律の制定や地域の行政の取り組みに繋がりました。被害者支援だけでなく、アドボケート活動の意義も大きいと思います。シェルターという現場を持つことで見えたこと感じたことを、プライバシーに配慮した上で社会に伝えることの影響は大きく、地域に支援の輪を広げる力になっていると感じます。

デートDV防止授業では「交際する前に学ぶことができてよかった」「男女平等をつくるのは僕たちの役割だ」という中学生男子の声にとても励まされています。彼らは大人になったときに男女平等社会を築く大きな力になってくれる。未来への大事な種まきをしていると思っています。

 

Q. ご自身にはどのような変化がありましたか?

 

私はずっと「必要なものがなければ作ってしまう」ということをやってきました。強く願えばそれは実現できる、なんとかなると思っています。自分が変わったかどうかはよくわからないですけど、やっぱり強くなったのかなあ。すぐに諦めたりしなくなりました。

やっぱり今、日本で活動をしている人たちが、点と点から線になって面になって繋がっていかないと変えられないといろんな場面で思います。官と民もそうですし、男性と女性も、いろんな小さなグループも含めて手をつないでいくことがすごく大事だと。女性たちが全国的に繋がっているかというとまだまだなんですね。

誰もが安心して自分らしく生きられる社会というのは、皆が共有できるのではないかしら。いろいろな意味で誰かが誰かを抑圧したりしない―例えば、力や経済力、社会的地位のある人が別の誰かを押さえつけたりせず、分野の違ういろんな人が本当に繋がって生き、全ての人権が守られることがあたりまえの社会。どんな当事者も孤立させない。誰かと繋がっている感覚をもつことで誰もが強くなれる、それがとても大事だと思います。

 

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